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所沢の、他にはない整体。快整体院 やわらぎです。

電話でのご予約・お問い合わせはTEL.0120-42-4970

〒359-1141所沢市小手指町3-9-14

施術方針policy&FAQ

経絡について

方針イメージ

「経絡」とは、手に6本、足に6本流れるツボを繋ぐラインです。五臓六腑という言葉がありますが、架空の臓器(心包絡)が一つ加わって六臓六腑という考え方をします。その六臓六腑の名前がついているのが経絡です。経絡とは、いわば内臓内腑の反射ラインでもあり、気の流れ道ともいわれています。例えば、脚の外側を走る胃経が張っていることで脚の緊張を作り、骨盤を引っ張ることがあります。そんな時は脚を緩めるのではなく腹部の胃の硬さを取らないと経絡の緊張は緩みません。

筋絡について

方針イメージ 「筋絡」とはあまり聞かない名前だと思いますが、日本の療術独特の考え方です。筋絡とはつまり、筋(スジ)のズレを正して元の位置に戻すことで筋肉の緊張を取る療術であって、マッサージのように揉み解すという考え方とは根本的に異なります。この療術は「腱引き」とか「スジ引き」と呼ばれていたそうです。右の図は、江戸時代初期に出版された、高橋鳳翼著「骨継療治重宝記」の中に出てくる「筋絡図」です。約300年以上前から筋(スジ)を引く療法は確立されていたのです。

骨絡について

方針イメージ 「骨絡」とは骨格矯正のことです。骨格矯正は、骨盤、脊柱、四肢関節、肘関節、膝関節、足首関節、手首関節、肩甲骨、肋骨などを矯正します。日本の療術にて使われる技術は、その元を辿っていくと、江戸時代初期に出版された二宮彦可著「正骨範」の手技四十二手が元になっていると言われています。江戸時代以降、柔術や古武術に伝わる整復術、骨格矯正術はほとんどがこの正骨範の影響を受けていると言われています。

施術方針

方針イメージ やわらぎの施術の流れは、内臓を緩めることで経絡を緩め、全身を調整するなかで、スジのズレを戻していき、最後に骨格矯正をすることで骨格を整えます。



施術の流れについて

  1. 問診

    現在お持ちの主訴をお伺いします。
  2. 検診

    全身の歪み、張りをチェックさせていただきます。
  3. 経絡のアプローチ

    内臓の硬さを緩めることで経絡を緩めます。
  4. 筋絡のアプローチ

    筋(スジ)のずれを正すことで筋肉を緩めていきます。
  5. 骨格矯正

    骨格を正しい位置に戻します。


(コラム)整体はどこから生まれたのか


そもそも整体とはなんぞや?

「整体」なるものはいつごろから発生し、現在までその名前を残してきたのでしょう?

その発生は意外と古く、江戸時代ころから古流柔術に伝わる整復術を「正體術」と呼んでいたとか、大正時代のから昭和初期にアメリカから入ってきた、オステオパシーとカイロプラクティックという脊椎矯正の手技療法を「整体」という呼び名で使われたのが始めのようです。
その後昭和の戦後間もないころに、野口晴哉さんという方が、独自の身体観で人の体系を12種類に分ける「十二種体系」理論をもとに野口整体を起こすことで整体という名前は有名になりました。



しかし、「整体」とはこういう定義だ!!という定義をもって組織だって纏める人がいなかったため、木槌で背骨を叩く整体とか、気功のように気を患者さんに与える整体とか、中国の手技療法(推拿)などを日本に持ち込んで整体としてやっていたりと、まったくその定義が纏まらず、他の療法は鍼灸、柔道整復、あんま、指圧など、体系を纏めた組織を持った療法は次々と国家資格となっていった中、整体だけは国家資格になり損ねて現在に至っています。


整体は指圧?

昭和40年代中頃、「カイロプラクティックは指圧に含まれるのではないか?」という質問書が厚生省に出されました。
しかし、厚生省からは、「御照会のカイロプラクチック療法は、脊椎の調整を目的とする点において、あん摩、マッサージ又は指圧と区別され、したがって、あん摩、マッサージ又は指圧に含まれないものと解する。(原文ママ)」と回答しています。
つまり、カイロおよび整体は脊柱の調整をもってしてこそ按摩、指圧と区別されるのです。

骨格の矯正は日本が元祖

さて、脊椎の調整を行うオステオパシーおよびカイロプラクティックですが、実は明治時代に世界各地に飛び出していった古流柔術家の整復術が元になっているのでは?と、言われています。

オステオパシーの博士である、ロバート・Ⅽ・フルフォード博士の著書に「いのちの輝き」という本があります。その著書のあとがきに「オステオパシーの源流はどうやら日本の柔術の整復術らしい」と書かれていたというのです!!
ただ、そのくだりは初版のみに書かれていたということで、第2版以降そのくだりは消えてしまったようです。



しかし、江戸時代の終焉は1868年。鎖国が終わり開国した日本から、多くの柔術家が腕試しのため、アメリカ及びヨーロッパへ飛び出し、ju-jituという名で日本の柔術を伝承させてきました。(かのコナン・ドイルで有名な「シャーロック・ホームズ」もじつは柔術の達人という設定になっています。)
そして、オステオパシーがアメリカの医師アンドリュー・テイラーによって創始されたのが1974年。カイロプラクティックがダニエル・デビッド・パーマーによって創始されたのが1895年。しかし、日本には、オステオパシーやカイロプラクティックで見るような矯正技は、すでに江戸時代初期の書物に現れているのです。
そう見ますと、日本柔術はオステオパシー及びカイロプラクティックに何らかの影響を与えたのでは?と想像すると、ロマンが広がりませんか??





なんで古流柔術に整復術が

「なんで古流柔術に整復術が??」と思いましたか?それは、江戸時代以前の柔術は、関節を極めながら投げたり抑えたりする危険な技術体系だったからです。


そのため、稽古で脱臼や骨折が絶えなかったため、「活法」というくくりの中で整復術が発達し、柔術を修めた人達は「ほねつぎ」という名で今でいう整形外科的な仕事を生業としていました。


柔術の整復術のルーツは「正骨範」

その柔術家達の整復術の元になった正骨術の書物があるのです。
それが、江戸時代初期に出版された二宮彦可著「正骨範」です。



正骨範は、顎関節矯正から始まって全身の整復法が母法、子法あわせて42の技法が紹介されています。
この正骨範はまさに名著といっても過言ではなく、かの華岡青洲もこの正骨範を学び、正骨範の母法一五法の中から八法を採用し「華岡青洲正骨術」という書物を出版しています。
また、江戸時代に隆盛を極めた天神真楊流柔術に伝わる整復術は、まんま正骨範の写しだったりします。

来世に残そう「正骨範」

私(武久まさゆき)が師事した柳生心眼流兵術の島津兼治師から教わりました心眼流の整復術は、やはり大元は正骨範とのことでした。

なんと素晴らしい書物なのでしょう!!「正骨範」!!

これから療術の道を志す方は、是非一度はこの正骨範を研究することをお勧めします。